徒然日記

モノ・コト・ヒト・ジカン…あらゆるものに価値があり、それに気づくことに喜びを感じます。

新生児期

今日で終わる。

 

27日前に私のお腹から生まれてきてくれた。

生まれた瞬間、

泣き声を聞いたとき。ちらりと足を見たとき。

心からほっとした。安心した。

元気に生まれてきてくれてありがとう、と思った。

 

毎日毎秒、表情が変わる。

日々成長していく。

私の血からできあがる母乳を飲んで、どんどん大きくなってくれる。

嬉しくて充実した気持ちになる反面、どんどん大きくなっていくことを贅沢ながらも少しさみしかったり。

 

今の時代、色んな情報が溢れている。

子育てへの大変さなどを語るものも多い。

 

 

時間的制約や物理的制約はあるけれど、

それにもまして、赤ちゃんは可愛くて愛おしい。

ただ、それだけ。

 

 

自分のペースで、しっかり、すくすく大きくなってね。

 

グイグイとススメ

親戚に、私の4歳上の女性でお医者さんになった人がいる。

 

私は15年前ぐらいに、一度しか会ったことないんだけれど、

その柔らかい物腰と表情、佇まい。よく覚えている。

 

おばちゃんを通して、彼女の人生を聞いてきた。

その道は決して順風満帆というわけではなかった。

受験は何度もチャレンジしていたし、卒業後も自分のいきたいところへたどり着くために、あちこち苦労を重ねていた。

 

彼女は独身で、かなりセンシティブでストレスフルな仕事をしている。

プライベートは、ほぼないと言っても過言ではない。

自分の人生の時間のほとんどを、患者さんに向き合うことに使っている。

 

そんな彼女を、おばちゃんとおじちゃんは全面的にサポートしている。

毎週食事を作りいき、洗濯したり、家事をしたり。

 

おじちゃんは、そんな状況をこう言っているそうだ。

「◯◯が、世の中のために働いている。そんな娘をこうやって支えていることは、間接的に世の中のために働いていることになるんじゃないか?たとえ、親バカと言われようと、間違っていないよ。」

 

 

素敵だなぁと思う。

 

そして、同世代の彼女の毎日に、刺激を受けた。

私は、彼女のように自分の人生すべてを捧げる、なにかひとつがあるわけではない。

子どもも夫もいて、仕事だけではなく守りたいものもある。

 

そんな私だからこそ、やりたいこと、できること、社会にとって恩返しができることがあるはずだ。

 

 

毎日を前進させていくことで、その道をまっすぐ歩んでいく。

 

やりたい、意味がある、と思うことに迷わずに、誰かの評価やいいね、を気にせずに。

 

 

自らの足で、自らの道を。

前へ前へ。

怒りたくないけど、伝えなきゃいけない

私は、

この子との時間のために、

他のすべての時間を置いてきた。

 

この子の命が生まれて、日々を過ごしていくために、私の体と心と時間を存在させている。

 

それは幸せなことで、

今この瞬間しか味わえないこと。

刻一刻と減っていくこと。

目の前の存在は、くるくる変化して、いつも愛らしい。

 

その時間を大切にしたいと思う一方で、私がそうやって今ここに在ることを理解してほしいと思ってしまう。

一番近くにいる、もう1人の親である夫に理解してほしいと思う。

 

私はこの時間を大切に、笑顔で穏やかに過ごしたい。

そうやって過ごせるように、夫にはサポートしてほしい。

 

仕事もあるし、彼自身の楽しみもあるから、まったく同じ感度でこの子に向き合えとは言わない。

男と女として違う以上、それは無理だと思うから。

 

でも、

諦めて一線引いてしまうこともしたくない。

面倒だけど、彼の意識を醸成することを考えたい。

 

授乳のとき

赤ちゃんに、

自分の血液からできた母乳を飲んでもらう。

 

生まれてきたばかりの赤ちゃんにとっては、生きていくための栄養。

 

一方で、お母さんは赤ちゃんが母乳を飲んでくれないと乳腺炎などになってしまう。

 

十月十日、文字通り一心同体で過ごしてきた私たち。

胎動をお腹で感じなくてなって、少し寂しく思っていたけれど、生まれてからも私たちは離れることができない2人だとわかって、幸せで仕方ない。

 

新生児期は1ヶ月しかない。

日々、赤ちゃんは変化している。成長している。

 

人生のなかで、こんなにも静かで、私の存在がシンプルな時間はない。

 

赤ちゃんがいて、母乳をあげて、眠る。

静かで、限りなく愛おしい時間。

 

この極上の時間を過ごすことができるのも、

元気で生まれてきてくれた赤ちゃん、

私を支えてくれている夫、

受け入れてくれている実家、

すぐに頼れる産院、

祝福してくれる友だち、

帰りたいと思える会社、

そのおかげだと思う。

 

感謝して、この時間を享受したい。

 

愛しい人

今までの自分の人生において、

 

愛しい人、

 

という形容詞を使う人はいなかった。

 

 

私のところへ生まれてきてくれた、我が子はまさに愛しい人。

出産後の痛みも忘れてしまうぐらい、かわいくて愛しい人。

 

ありもしない不安や心配をして勝手にドキドキしてしまうぐらい愛しい人。

 

夫と出会って、

新しい命を授かることができて、しあわせ。

 

日々見せてくれる表情、夫が子供にみせる表情。

いろんなものに幸せを感じる。

 

この時間をもてることに感謝して。

大切に大切に。

楽しんですごそう。

愛する人

ともに生きるパートナーに、夫という役割にくわえ、父親という役割が増える。

 

でもそれはあくまで役割だ。

世の中に溢れる夫像や父親像に沿う必要はなく、私たちのなかで、どんな役割を担うのか、ひとつひとつ考えていければ良い。

 

 

パートナーは夫や父親である前に、愛する人

ともに生きるパートナーだ。

 

私は、

くれぐれも、それを忘れないように。

妊婦生活おわる

明日、妊婦生活が終わる。

 

 

予定帝王切開での出産になったため、妊婦のおわりをしみじみ感じる夜を得た。

 

 

去年の12月に妊娠がわかって、嬉しくて仕方なかった日から10ヶ月。

 

 

悪阻がつらくて仕方ないのに、その悪阻が楽になると流産してしまったのではないかと、不安になったり。

 

妊娠初期は悪阻や体の変化によって、まともに頭が回らなくて仕事もイマイチ。

 

 

安定期にはいると、体重が増えたり、仕事がまた面白くなったり。

 

 

産休前は、仕事を離れるのに踏ん切りがつかず、でも体と心が追いつかないから、早めに休みに突入したり。

休みに入ったらどうなってしまうのかと心配したけど、なんのことなく、楽しく過ごせたり。

 

海にいって波の音を聞いたり、図書館に行って本を借りて読んだり。

 

 

この12年、仕事に必死でやってこなかった、等身大の自分が好きなことができて、あらためて自分は平凡な人間だとしみじみ感じたり。

 

 

積み重ねたものと一緒にたまった膿を流した気分だ。

 

 

悪阻が終われば、私の妊娠期間はとても安定していた。1度逆子になったけど、いい子なベイビーはすぐ戻ってくれた。

ただ、体重増加だけは気にしなければのことだったので、毎日体重計に乗って、夜は炭水化物やめて、運動して、半身浴して…と努めた。

それは、全然苦にはならなかったけれど。

 

 

腰痛とか便秘とかに悩むことはほぼなく。

唯一むくみがつらかったぐらい。

 

 

ビーチヨガにも今日の午前中まで参加できた。

 

 

私の体もそうだけど、ベビーも基本元気に育ってくれた。

 

 

ひとつの体で心臓が2個うごく。

1年弱、そう過ごした時間はとにかく幸せだった。理由もなく、理屈もなく。

そこにはただ感じるだけの幸せがあった。

 

 

あまり大きく幸せとか喜びを感じない自分だけど、このジワジワくる、そこに在る幸せ、は豊かでかけがえのないものだと思う。

 

 

今日まで、元気にお腹の中で育ってくれてありがとう。

私に幸せな10ヶ月を届けてくれてありがとう。

 

 

明日からは君と私の新しい人生がはじまるね。

楽しんで、ともに生きていこう。