徒然日記

モノ・コト・ヒト・ジカン…あらゆるものに価値があり、それに気づくことに喜びを感じます。

妊婦生活おわる

明日、妊婦生活が終わる。

 

 

予定帝王切開での出産になったため、妊婦のおわりをしみじみ感じる夜を得た。

 

 

去年の12月に妊娠がわかって、嬉しくて仕方なかった日から10ヶ月。

 

 

悪阻がつらくて仕方ないのに、その悪阻が楽になると流産してしまったのではないかと、不安になったり。

 

妊娠初期は悪阻や体の変化によって、まともに頭が回らなくて仕事もイマイチ。

 

 

安定期にはいると、体重が増えたり、仕事がまた面白くなったり。

 

 

産休前は、仕事を離れるのに踏ん切りがつかず、でも体と心が追いつかないから、早めに休みに突入したり。

休みに入ったらどうなってしまうのかと心配したけど、なんのことなく、楽しく過ごせたり。

 

海にいって波の音を聞いたり、図書館に行って本を借りて読んだり。

 

 

この12年、仕事に必死でやってこなかった、等身大の自分が好きなことができて、あらためて自分は平凡な人間だとしみじみ感じたり。

 

 

積み重ねたものと一緒にたまった膿を流した気分だ。

 

 

悪阻が終われば、私の妊娠期間はとても安定していた。1度逆子になったけど、いい子なベイビーはすぐ戻ってくれた。

ただ、体重増加だけは気にしなければのことだったので、毎日体重計に乗って、夜は炭水化物やめて、運動して、半身浴して…と努めた。

それは、全然苦にはならなかったけれど。

 

 

腰痛とか便秘とかに悩むことはほぼなく。

唯一むくみがつらかったぐらい。

 

 

ビーチヨガにも今日の午前中まで参加できた。

 

 

私の体もそうだけど、ベビーも基本元気に育ってくれた。

 

 

ひとつの体で心臓が2個うごく。

1年弱、そう過ごした時間はとにかく幸せだった。理由もなく、理屈もなく。

そこにはただ感じるだけの幸せがあった。

 

 

あまり大きく幸せとか喜びを感じない自分だけど、このジワジワくる、そこに在る幸せ、は豊かでかけがえのないものだと思う。

 

 

今日まで、元気にお腹の中で育ってくれてありがとう。

私に幸せな10ヶ月を届けてくれてありがとう。

 

 

明日からは君と私の新しい人生がはじまるね。

楽しんで、ともに生きていこう。

 

 

決断力

結果が自分だけの問題にならないことを決断することが増えてきた。

仕事でも、プライベートでも。

 

Aパターンだとリスクが1%。

Bパターンだとリスクが0.3%。

結果だけのリターンは変わらない。

どちらを選択するか?

 

確率だけで言えば、Bパターン。

でも、私はAパターンを選択する。

理由は、私がそうしたいから。

ロジックはなくて、Aパターンのプロセスを踏みたいから。

 

確率や、生産性、効率などで判断できることは簡単だ。

でも、それでは決めきれないことがたくさんある。

そのときは、じゃぁ自分がどうしたいのか、どちらに覚悟をとるのかと胸の内に問いかけて、答えを出す。

 

それが一見違うように見えたとしても、数字だけで人生は決まらないので、その、自分がしたいから、を信じることが大切である。

 

ただ、自分がしたいから、で決断していいこととそうじゃないことの線引きは大切である。

仕事の反省

忘備録として。

 

自分が仕事を離れたことで、たくさんのアラや動かすべきところが出てきて、後の人に負担がかかってしまっている。

 

どうすればよかったのか、考えてみる。

★メンタル面

ブレない自分の軸がなかった。

責任や自責に落とすことが強すぎて見えなくなっていた。

軽い気持ちと重い責任感のバランス。

 

★自分の立ち位置

専門性がないことをもっと明確にするべきだったし、早い段階でチームにするべきだった。

取組において迷いが多かったため、ブラブラだった。

(これが自分の専門であれば、話はまた違った。)

 

★新しい価値観のものを出していくということ

その場合に、何に価値軸をおくのか見えてなかった。おくべき価値軸は可能性。

古い概念に引っ張られていた。

 

休んで20日目

産休に入って20日たった。

 

 

休みに入る前は、どうなるか不安でしょうがなかった。

仕事から離れることが不安で仕方がなかった。

 

 

しがみついてたんだなぁ、としみじみ思う。

それだけ夢中になれるものがあったのはいいことだし、幸せなことだったと思う。

 

今の体を感じると、30日の大きな仕事までいることができたかもしれない。

でも、心が出産育児に追いつかなかったと思うので、早く休みに入ってよかったと思っている。

 

こんな時間の過ごし方もあるんだなぁ、と感じている。

穏やかで、ゆるやかで、自然。

話す人は限られているけど、心が大きく乱されることはない。

 

 

お腹の子が動くことに毎日感動して、神秘的だなと思う。人が何かを生み出すとか、そういうレベルとは違う神秘的なこと。

そして、無条件に幸せなこと。

 

生きる中で、こんな風に時間を過ごせることもあるのね。幸せ。

 

離れる

今日、出勤最終日だった。

 

この期に及んで、離れがたい仕事に携わることができていたのは、幸せなことだなと思う。

 

何かから離れるというのは、寂しさもあるけど、新しいことがみえるという良さもあると感じる。

 

自分の意思では離れることができない私を、新しい命が離れる大切さを経験させてくれた。

 

仕事から離れる。

私個人に戻る。

自分が欲しいもの、自分が社会で成し遂げたいこと。

もっとシンプルに、ワクワクできること。

それをあらためて感じて、認める時間にしよう。

 

また皆さんに会うときに、今よりも深みが増した自分で会うことができるように、毎日を重ねて行こう。

 

そう思えることに感謝。

おわりのはじまり

産休に向けて、

仕事がいよいよ終わろうとしている。

 

ひとつひとつ。

色んなことを手放していく段階になってきた。

先に責任を持てない私が発信できるのも、もう終わりだ。

 

それは周りもわかっていることで、色んなことを私ではなく、そのあとに続く人に求める。

 

この12年間は、仕事一色だった。

はじめの3年は、大きく変わりすぎた環境に自分を合わせていくことに必死だった。

九州という新しい土地、はじめての一人暮らし、会社という人間関係、営業という仕事、たくさんのお客さん。

負けず嫌いの私が、男性に負けないことを砦に戦った日々だった。

 

4年〜7年は、人材育成と自己認識の時間だった。自分は何がしたいのか、何に向いているのか、どんな人間なのか。

学びに投資をすることを覚えたのも、このころである。

入社してくる後輩への指導や人間関係に悩みながらも、充実した時間だった。

 

8〜9年は、自分への投資を決めた大きな時期であった。結婚しても仕事を続けていく、ということを腹に覚悟してからは、その仕事をどう楽しく充実させていくかを考えた。

自分の能力をあげて、仕事が面白くなればよい、と考えMBAに通いはじめた。

 

10〜12年は、新たな人材育成と新たな仕事のチャレンジの連続だった。そのチャレンジはどれも完結できていない。

でも今思えば、新しいことにチャレンジする機会をたくさんもらっていた。打席に自分が立っていることをもっと強く意識して、結果にこだわるべきだった。

 

これからはじまる12年〜13年は、仕事の現場からは離れて、新たな自分の価値観を作る時間になる。

自分ではないけど、他人ではない。

自分以外の命に対して責任を持つ。

温かくて柔らかいもトキ。

仕事への想いや価値観が出来上がったこのときに、こういう時間を持てることは幸せなことだと思う。

今からはじまる時間は未知だからこそ、ワクワクするし楽しみだ。

いま一度、私に還るときである。

 

 

 

ひとつの環境でハマりきって進化していく道。

色んな場所を経験して色んなステージに立って自分を進化させていく道。

私の道は後者。それは、10年以上前からわかっていたこと、思っていたこと。

新たなステージは、私を進化させてくれる。

 

新たなステージに立つときは、張り切って振り切ってそのステージを楽しむこと。

ときに結果にこだわること。

 

終わることで、いまはじまる。

ひとりじゃない。